五章
「雪に降る」
大雪、吹雪、どちらにしても、昨日まで降り続いていたはずの雪はすっかりやんでしまっていた。
それでも空は曇ったままの東京駅で、ぼくは一人、ぼんやりとした意識から、ぼく自身を取り戻していた。
行き交う人や車は忙しく、個人タクシーの停留所には帰宅を望む人々で列ができていた。
雪なんて、降っていなかったのかもしれない。そう思えるくらいだった。
まだ営業を続ける商業施設入口の屋根の下で、時刻表を開いた。
東京駅から、ここから、どこへ向かうか。ぼくには向かうべき場所があった。
夜行新幹線の乗車券と時刻表を確認して、駅構内に入った。
ホームにはちょうど上りの新幹線が到着していて、折り返しの運転に向けて準備を進めていた。
降車する乗客たちでにぎわうホームに気後れした。
人混みのなかに、懐かしい面影があった。制服を着たアマヤと早見さん。大学の試験を終え、いくらか清々しい表情で故郷に帰ろうとする二人の姿だった。
温かい景色だった。それでもぼくは強く目を閉じて、首を振った。
ありえたかもしれないもうひとつの可能性は、救えたかもしれない一人を救うためになら、肯定される。
アマヤの言葉を思い出した。
後悔は、肯定される。ただ、ぼくが見るべき可能性はこれじゃない。
ぼくが見るのは、いま、この世界で、早見さんを救うことだ。
目を開くと、二人の姿はなかった。
ぼくは何かを変えられるだろうか。
ぼくがどうあがいたって、世界は何も変わらないままかもしれない。
それでも、伝えられなかった言葉を伝えるまで、救えなかった君を救うまで、この世界は変えられるかもしれない世界であり続ける。
車両に乗り込もうとするぼくの頬に、冷たい粒がぶつかった。
積もったまま融けきらず汚れてしまった雪を、もう一度覆い直そうとするようにゆっくりと、
白い小さな雪が、降り始めた。