章外(Ⅰ)
休日、校舎の屋上。ぼくは手に遺書を持っていた。いや、遺書と呼ぶほどのものでもなかった。
ただ、ぼくがなぜ死のうとしたか、その意思を記録したものだった。ぼくは言葉が好きだった。小説も好きだったし、詩も好きだった。ぼくが屋上から飛び降りて死んでしまえば、いろんな人が適当な理由をこじつけるだろう。それは嫌だったから、自分の言葉で、答えを残しておきたかった。
その最期の言葉を、読み返していた。
まだかすかに降り続けている雨が、紙を濡らす。
さあ、あとはその柵から飛び降りるだけだ。頭を下にして、落ちていけばいい。
ぼくは、本当に……。
「なにしてるの?」
背後から声。澄んだ声。
振り返る。少女。長い黒髪の少女がそこにいた。制服は着ていないけれど、この学校の生徒だ。見覚えがある。クラスは違うけど、同級生だ。たしか、名前は……。
「わたしはリユ。知ってくれてるかな、ソウヤくん」
「……きみは、なにをしにここに?」
「わたしが先に聞いたんだよ」リユが笑った。「ねえ、それなあに?」
リユはぼくが持つ紙を指差した。
「これは……」ぼくが言いよどむうちに、リユはすぐそばにまで近づいてきていた。
「見せてよ」
ぼくは断ろうとした。なぜ? ぼくはみんなにこれを読んでほしくてわざわざ持ってきたんじゃないのか?
そんなことを考えている間に、リユが器用にぼくから奪い取った。取り返す気は起きなかった。
リユがぼくの書いた言葉を読んでいる。
ああ……恥ずかしいくらいなら、なんでぼくは……。
リユが顔を上げて、ぼくの方を見て微笑んだ。
「すてきだね」
驚いた。そんなことを言われるとは思ってなかった。
そのまま、ぼくはリユと話をした。他愛もない話。
別れの言葉はなんだっただろう。ぼんやりとしたまま帰宅した。いつのまにかぼくの中の自殺願望は薄れていた。
自宅でぼくを待っていたのは、母親の悲しげな言葉だった。
ぼくは施設に送られることになったらしい。リビングの部屋には、ぼくが部屋に集めていた自殺のための道具が並べられていた。母は、ネットで見つけたという郊外の病院にぼくを預けることに決めたのだと言った。もう自殺なんてするつもりはない、という言葉は信じてもらえなかった。
ぼくはなかば家出気分で、施設に入ることを承諾した。
数日後、東京駅から出ていた送迎用のバスに乗り込んだ。ぼくが乗ったあとに、あの少女が乗り込んできた。彼女はぼくに微笑んで、バスの先頭座席に座った。
喉が渇いていた。配られたペットボトルのドリンクを勢いよく飲んだ。
そしてぼくは……。